ランデイで忘れられないのは、初めて日米野球で来日した、1990年の秋です。
もう27歳でしたが、父のバドさんが付き添いで一緒に日本へ来ました。
バドさんは、驚くほどの長身の方で、198㌢もありました。当時のランデイはやせてひょろりと
した青年で、背は抜けて高い投手でしたが、息子を励まし、常に一緒に行動していた
父の影響は大きい、と、ランデイは言っています。
ランデイは身長208㌢。歴代の300勝投手では最高に背が高い投手です。
ランデイに次ぐのは、身長193㌢のスティーブ・カールトン(フィリーズ)ロジャー・
クレメンス(レッドソックス、ヤンキース)ゲイロード・ペリー(ジャイアンツなど)の
3人。いかに大きいか、が分かる、と思います。
息子に野球を教え、我慢の心、辛抱する、耐える気持ちを吹き込んだのは、バドさん
でした。しかし、バドさんは、息子の300勝を見る前に、1992年、亡くなりました。
両手を天に突き上げ、祈りを捧げるポーズは、父への感謝の現れでした。
警官だった父は、晩年を息子の成長に期待を掛けていました。
「お父さんに、この日を見せたかった」とは、心からの叫びでしょう。
20歳台では64勝。30歳を超えてから236勝。これほど、大器晩成の投手
はいません。健康なら、310勝以上も不可能ではありません。
昨年、ダイヤモンドバックスは「もう限界」と、判断して、295勝で終えたランデイと、
再契約しませんでした。
自宅がアリゾナ州パラダイス・バレーにあり、トレーニング・ルームまで備えて
ある豪邸住まい。ヤンキースに移籍した、ニューヨーク時代は、メディアと
折り合いが悪く、特にTV、カメラマンと衝突しただけに「最後はカリフルニアがいい」
と、ドジャースを希望しましたが、折り合わず、ジャイアンツが受け入れました。
1年契約、年俸800万㌦(約8億円)でした。
今季、先発でKOされた試合は4回もありましたが、父の教え通り、我慢で立ち直り、
ついに5勝を積み重ねてのゴール。
彼に次ぐのは、フィリーズの左腕、ジャミー・モイヤー投手ですが、
5月31日、250勝を挙げたものの、もう、46歳199日の高齢。
あと50勝は至難のワザではないでしょうか。
「ラスト300勝投手」に心からの祝福を贈りたい、と、思います。
了
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