ペンシルバニア・スポーツ博物館の3階に、スタン・ミュージアル
外野手のコーナーを発見。
カージナルスの偉大な打者で、何故、と、思いましたが、彼は
ペンシルバニア・ドノラの出身。ピッツバーグから15㌔の小都市。
その、サイン・ボールは、もう、文字も薄く、判読しがたいほど。
「ザ・マン」と、尊敬されたミュジアルは、この、少年時代を
どう過ごしたが、遠大な夢を見て、巣立ったに、違いありません。
かっては、鉄鋼の町、と、全米に知られたピッツバーグも、
鉄鋼産業の衰退で、町に活気がなくなり、寂れてゆくとき、
市内には「インダストリアル・ベースボール」が興り、少年たちは
貧しい中、野球に希望を持った、と、言われています。
その、少年たちの、ボールを追う姿も紹介されています。
案内人のボランティア、スコット・ケイシーさんは「この町は
栄光と、衰退の背中合わせの歴史がある。その中で、
どう、市民が生きてきたが、を、良くごらん下さい」と、私に
説明してくれました。
単なる博物館ではない、意義を感じた旅、でした。
了
コメント