ヤンキースの場内アナ、約半世紀もマイクを握っていた、ボブ・シェパードさん
が、7月11日、ニューヨーク州ロングアイランドの自宅、ボールドウィンで
亡くなりました。99歳の天寿でした。
シェパードさんは、独特のゆっくり間合いを取る、選手紹介、打順を読む口調
がスタジアムを包み込み、選手、ファンにも、長く愛されていました。
年齢は秘密にされていましたが、体調を崩し、2007年のシーズンで最後
を迎えたとき、「彼は1910年10月20日生まれ」と、ヤンキースは明らかにし
みんな「そんな高齢だったのか」と、驚いた、と言われます。
誕生日はミッキー・マントル外野手と同じ。シェパード・アナが、初めて、
ヤンキース場内アナになった年、1951年の開幕戦は、ちょうど、マントル
のデビューの年、ジョー・デイマジオ外野手の最後の年でした。
「レディズ アンド ジェントルマン」で始まるラインアップのアナウンスは、
まず背番号、指名、再び背番号の順番に読み上げました。
そこには、がない、高ぶらない、うまい間合いがあったのです。そのシェパード
口調は、だれも真似のできないものでした。
今も、ジターのアナウンスには、シェパード・アナのアナウンスが使われ
ています。いつか、「ボイス・オブ・ヤンキース」と、呼ばれ、
レジー・ジャクソン外野手は「彼は神の声だ」とも、言いました。
ついに、新ヤンキー・スタジアムでは、マイクを持つことは、かない
ませんでした。
2000年5月7日、ヤンキースは旧ヤンキー・スタジアムで「ボブ・シェパード・デー」
を行い、モニュメント・パークにシェパードさんの額を掲げました。
シェパードさんは母校のセントジョン大学で学生にアナウンス教室も開催。
成績優秀な学生には「シェパード賞」を贈り、表彰して励ましていました。
あの懐かしいアナウンスも天国へ。心からご冥福を祈ります。
了
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